昼下がりの危ない教室
「お、おい!キラ!なにしてんだ!」 ディアッカは思わず立ち上がり、勢いのまま椅子を倒し答案用紙をバサバサと撒き散らした。 「え?今の僕とセックスしたいって意味じゃなかったんですか?」 きょとんとした顔で、ディアッカを見る。 「セセ…セックスって!お前!!何言ってんだ!」 「え〜先生こそ何言ってるんですか?じゃあどういう意味だったんですか?」 シャツを着ようともしないまま、キラはドスンと椅子に腰掛けた。 「どういう意味って…、いや、確かにそういう意味だったんだけど、冗談だって!そんなことしたら犯罪者になっちゃうだろ?最近の高校生の性感覚はどうなってんだ?」 自分もさして中年というわけでもないのについこんな言葉が出てきてしまう。 「何オヤジくさいこと言ってるんですか。ってか、冗談だったんですかぁ?もう。せっかくやる気になったのに。」 やる気って…おいおい。 ディアッカは、はあ〜と大きくため息をついた。今日はため息の多い日だ。 「キラ。お前はまだ高校生なんだ。勉強もしなきゃだめだけど、もっと自分を大事にしろよ。」 「そんなこと言われても。大体先生から言ったんじゃないですか。」 「う…まあそれは悪かったよ。ホント。ほら、服着てもう帰れ。課題は人にやってもわらないで自分でやりなさい。いいか?」 そう言って宥めたが、キラはシャツを着ようとはしない。キュッと口を結んで何か考えている。 「先生。」 「何だ?」 仕方なく床に落ちたシャツを拾ってやろうと、かがんだときキラが立ち上がる気配がした。拾い上げたシャツを手渡そうと振り返ったとき、突然背中に思い切り体当たりされた。 「うお?!」 かがんでいたせいで、踏ん張りきれずディアッカは床に倒れこんだ。 「っ痛…」 何がおきたのかわからず、取り合えず起き上がろうとする。しかし腹に何かが乗っていてできない。 「キラ!」 自分の腹に乗っている人物に声を上げるが、ひるんだ様子もなくソレは上半身にまで覆いかぶさってくる。 ディアッカの目の前まで、きめ細かい象牙色の肌をした少年の顔が近づいてくる。 「おい!キ…!!」 ――キラと言おうとした唇はひんやりとした柔らかい、しかしディアッカの知っている女性の唇より幾分薄いそれによって塞がれた。 あまりのことに反応できずにいると、そのまま下唇をぺロリとなめて唇は離れていった。しかし、キラの体がディアッカの腹の上から離れる様子はない。 「おいキラ!!いい加減俺の腹からどけ。」 「嫌です!せっかく来たんだし、一回ぐらいいいじゃないですか。ね?」 可愛らしく首を傾げて見せる。17歳にもなった男のする仕草ではないが、キラにはよく似合っていた。だが、ソレとこれとは話が別だ。 「"ね?"じゃないだろ?お前は一体どこでこんなこと覚えてきたんだ。どきなさい。」 ディアッカが強めに言うと、キラはむっすりと頬を膨らまして、少し体を動かした。 やっとわかってくれたかと、ほっと一息を付いたとき、何やら下のほうでカチャカチャと音が聞こえた。 何だ?と思って見ると、なんとキラがディアッカのズボンのベルトを外そうとしていた。 「おい!キラ!!ちょっと、ホントに!お前!!」 何を言えばいいかわからなくておたおたしているディアッカに向かってキラがむっすりとした口調で言う。 「一回ぐらい、いいじゃないですか。先生だって、男とやるの初めてじゃないんでしょ?」 それはその通りだった。ディアッカは、学生のころ興味本位で同姓とやったこともあった。どちらかというと女の子との方がいいなと思ったぐらいで、嫌悪感は全くなかったので、その後も何度かやった。――しかし、 「そういう問題じゃないだろ?俺は教師でお前は生徒だ。お前は俺のこと好きなわけでもないし、俺もそうだ。そもそも最初に俺が変なこと言ったのが悪かったんだけど、あれは本当に冗談だ。こんなことしても成績は上がらないぞ。」 話しながら、なんとか冷静さを取り戻したディアッカはなだめるように言った。 「そんなこと僕だってわかってますよ。でも、ばれなきゃいいでしょ?ここディアッカ先生以外使ってないみたいだし、先生は恋人もいないし。」 男とやったことがあるという話にしてもそうだが、どうしてキラは自分のことをこんなにもよく知っているのだろうと不思議に思った。 「お前、何でそんなによく知ってるんだよ?」 「見てればわかります。僕たちは先生たちが思ってるよりもずっと先生たちのことよく見てるんです。…もういいですか?とにかく僕はやる気になっちゃったんで、やります。」 そういって、おもむろにディアッカのものを口に含んだ。 驚いた。ものすごく驚いたが、あまりに驚きすぎて何だかどうでもいいような気がしてきた。 ディアッカは元々ひどく楽天的な考え方の男だ。性に関していえば、どちらかと言うといい加減でさえあった。 キラの言うとおり、この部屋には授業がない限り誰も来ない。これが、セーラー服の女子高生だったのならもっとよかったが、仕方がない。それに、キラはそこらの女子高生よりもずっと可愛い顔をしている。 「まあいっか。」 ボソリとそう言うと、キラは嬉しそうに顔を上げた。 「そうですよ!絶対先生ならそう言うと思ってたんです。さ、楽しみましょう。」 ディアッカは力を抜いてキラの舌の動きを楽しむことにした。 ※ キラはどこでこんなことを覚えたのかは知らないが、巧みだった。期末テストのおかげで、とても下半身に気を使っている暇のなかったディアッカは早々に限界を向かえた。 「キ…キラ。もういい…」 「出ちゃいそうですか?」 「ああ…」 キラはチュっと可愛らしい音を立てて唇を離した。 「どうしよっかな。僕飲むの好きじゃないんです。あれ、まずいし。でも先生がそうしたいって言うならできるけど、どうします?」 「え…。じゃあ、手…とかは?」 教え子に向かって俺はなんてことを言っているんだと情けなくもあったが、体の欲求を拒むのは難しいのだ。 ディアッカの言葉が、あまりにもおずおずといった感じなのでキラは笑った。 「わかりました。じゃあ手で。」 唇に笑いを残したまま、キラはディアッカを優しく握った。 そこから先はあっけないもので、いくらもしないうちにディアッカは達した。久しぶりのその感覚に、頭がぼんやりして、眠くなったので目をつぶった。 「ちょっと先生!寝ないでくださいよ。先生だけイクってずるいですよ。」 「キラ。先生は疲れてるんだ。テスト作りとか仮面男の相手とか、俺とセックスしたいとか言ってくる生徒の相手とかでな。」 「え〜なんですかソレ。仮面男って、クリーゼ先生のことですか?」 キラは机の上においてあったティッシュで、手を拭いながら聞いてきた。 「そう。なんだ。知ってんのか?」 「うん。去年教わってたから。それより、続きは?」 ついでという風にディアッカの体に飛び散っているものも拭いてくれる。その動きは、さりげなくディアッカの熱を煽っている。 「今日はもう終わり。俺はまだ山ほど丸つけなきゃならないテストが残ってんだ。ほら、どいて。」 「"今日は"ってことは、今度があるってこと?」 唇を尖らせて、キラはあろうことかティッシュを持ったままディアッカの中心をギュットつかんだ。 「ぐおっ?!あ、ああ…今度ちゃんと相手してやるって!だから手を放せ!!」 「は〜い。」 しぶしぶといった感じで手を放し、キラはディアッカから離れた。 ディアッカはやれやれと体を起こた。キラはまだ上半身裸で、自分は下半身丸出しだ。そんな間抜けな自分たちを、いつの間にか夕日が照らしていた。 全く…。ディアッカは、本日何度目かのため息をついて、ひざの辺りにたまっている下着とズボンを引き上げた。キラは、ティッシュを捨てるために少しはなれたところに置いてあるゴミ箱の前で、ディアッカに背を向けている。 ゴミを捨てるためにキラが少しかがんだ。そのせいで床に座っているディアッカの目線に、丁度キラの鎖骨の辺りが来た。見るともなしにそれを見て、ぎょっとした。右の鎖骨の下に、紅い痕がある。そろそろ蚊が活躍を始める季節だが、それにしては妙な位置だ。 「キラ、ちょっとこっち来い。」 何故だかどぎまぎしてしまって、でも確かめずにはいられなくて、ディアッカはキラを呼んだ。 「何ですか?」 ゴミを捨て終わったキラが近づいてくる。 「ちょっと後ろ向いて?」 不思議そうな顔をしながらも、キラは言葉に従って後ろを向いた。 果たしてそこには、明らかにキスマークとわかる印がくっきりと付いていた。それも、ひとつではない。 「お前、彼女いるのにこんなことしたのか?」 「え?ああ。痕、付いてます?」 「たくさんな。」 キラの飄々とした答え方に、ため息をつきながら答えた。今日一日で、一週間分のため息をついたかもしれないとディアッカは思った。 「彼女じゃないですよ。アスランです。体育とかあるからあんまり付けないでねって言ってるのに。」 後の言葉は、ここにはいない人物に向けられている。 「お前、アスランと付き合ってんのか?」 なんだか道徳的な話をしても無駄な気がしてきて、取りあえずそう聞いた。イザークとの会話が頭の中でよみがえる。 「付き合ってるっていうか、まあ、そうなんですけど。何て言うか、そんなんじゃなくて。う〜ん。アスランはですねぇ、僕がいないと死んじゃうんです。」 「はあ?」 ディアッカは何だか宇宙人と話している気がしてきた。キラの言っていることが全く理解できない。 「なんでお前がいないと死ぬんだよ?」 「それはアスランが僕のことを溺愛してるからです。」 事も無げにキラは言った。 「はあ?ますますわかんねえぞ。アスランって、あのE組のアスラン・ザラだろ?」 「そうです。僕たちは4歳のときからの幼馴染なんですけど、なんか昔からアスランが僕のことを溺愛してて。僕がいないと生きていけないって。」 「アスランがそう言ったのか?」 そんなことを言うアスランを、ディアッカは想像できない。世界がひっくり返っても、冷静に対処しそうな印象の生徒だ。 「そう。しかも、たぶん本気です。僕が死んだら、アスラン自殺すると思います。」 そう言われても、まだ信じることが出来なかった。でもキラが嘘をついているようには見えないし、そもそもそんな必要もない。しかも、目の前には多数のキスマークだ。 「まあ、それが本当だとして、なんでお前は俺とこんなことをしてるの?アスランは知ってるのか?」 「言ってないけど、知ってます。」 さすがに寒くなってきたのか、キラはシャツを着ながらきっぱりと言った。 「おい。怒らないのかよ?溺愛されてんだろ?」 「怒ります。すっごく。アスランて、常識人だし。」 「いや。普通怒るだろ。っていうかお前はアスランのこと好きじゃないのか?」 ディアッカは最も根本的なことを聞いていなかったことに気がついた。アスランが溺愛していても、キラはどうなのか。 「好きですよ?大好き。あ、でも、一緒に居すぎてもう好きとか嫌いって感じじゃないですね。ただ、いつも同じ相手とだと飽きるでしょ?飽きるって言うか、ちょっと違った刺激が欲しくなるって言うのかな?アスランはそんなことないみたいだけど。僕がこういうことするとアスランは怒るけど、僕が絶対アスランから離れないこと知ってるし、それに。」 そこまで言って、キラは今ここにいない相手を想ってか愛しそうに目を細めた。 「それに?」 「それに、好きならどんなに怒っても許すしかないんです。そうしないと、終わっちゃうでしょう?関係が。やっちゃったっていう過去は消せないんだし。だから、アスランは僕を許すんです。」 それは既に、ディアッカに理解できる範疇を超えていた。この人が居ないと生きていけないというような、そんな激しい感情を持つことも、その尋常でない感情を受け入れてしまえる気持ちも、全く理解できなかった。だから、気の抜けたような声で「はあ。」とだけ答えた。 「じゃあ、今日は帰ります。誰にも言わないから安心してください。その代わり、今度は最後までちゃんと付き合ってくださいね!」 キラは、そう言って足取りも軽く研究室を出て行った。 ディアッカは落ちていたベルトを拾って立ち上がり、ぼんやりと今しがたキラが出て行った扉を見つめていた。 |
キラが人格崩壊者みたくなってしまいました。しかもディアッカ情けない。
ディアッカ好きなのになんで?
最後までいきたかったんですけど、なんだかこんな話になってしまいました。
でもキラも「今度」と言っているので、続き書きます。今度は最後までです。多分。
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