☆君にくびったけ☆

 アスランは、朝焼けの見える海岸沿いに車を走らせていた。
 もう三か月以上も会っていない愛しい友人の姿が真っ赤な太陽に重なって見えた。
 彼は、幼いころは昼間の太陽さながらの明るさだったが、戦争が終わった今では月のような美しさを身につけた。そのどこか儚げなところは、戦中に受けた彼の心の傷の大きさも同時に表していて、アスランは少し切なくなる。でもその心の深い部分では、この曙光のように強くて一途なものを持っている。

 アレックスとして、オーブの国家元首たるカガリの護衛に就いたときから、キラにはあまり会えなくなることを覚悟した。辛い戦いの後にやっと手に入れた平和の中で、キラと共にいられないのは辛かったが、これ以上他人の手を煩わせるわけにはいかない。自分の食い扶持ぐらい自分で稼がなければ。
 そう思って、なれない護衛の任務を懸命にこなした。カガリは目を離すと勝手に動いてしまって、自分から危険に飛び込んでいってしまうことが度々あったので、常に気を抜けなかった。
 そうして、一ヶ月二ヶ月三ヶ月と必死に働いた。どんなに頑張っても、他の首長たちには疎ましがられていたが、そんなことは気にならなかった。
 アスランはがむしゃらに日々を送って、極力キラのことを考えないようにしていた。

 ところが、昨夜彼は恐ろしい夢を見てしまった。
 自分の叫び声で目を覚ましたとき、もう限界だと悟った。まだ日も昇っていない時刻だったが、あわただしくシャワーを浴びた。そしてアスラン同様、いやそれ以上に疲れているであろうカガリをプライベート回線で無理に起こした。非常に心苦しかったが、もうこれ以上一秒たりとも待てなかった。
 迷惑そうに電話に出たカガリに向かって、今日から一週間休暇をくれと頼み込んだ。カガリは驚いていたが、とりあえず今すぐ片付けなければならない仕事も出向かなければならない地もなかったので、許してくれた。それは、アスランのあまりにも切羽詰った声に同情したものと思われた。彼の声は、泣き出さんばかりだった。
カガリにお礼をいい回線を切ってすぐにアスランは部屋を出て車に飛び乗った。

 そうして、今に至る。
 そこまで回想してから、ふと海岸の先のほうからなにやら声が聞こえてきた。それは歌声のようだった。まだだいぶ遠くらしく途切れ途切れにしか聞こえないが、それを聞いてアスランは今朝見た世にも恐ろしい夢を思い出してしまった。


 どうしてだかは分からないが、自分が二つに分裂していた。自分は確かにここにいるのに、何故かもう1人自分がいるのだ。それはアスランの遥か下方にいてカガリを護衛していた。
 どうしてあんなに下のほうにいるのだろうと思って足元を見ると地面がなかった。あれ、ここは無重力だったか?と思ったがカガリともう1人のアスランは、ちゃんと地に足をつけて歩いている。
 おかしいおかしいと思っているうちに、彼らはどこかに行ってしまった。護衛の任を疎かにしてはいけない。カガリに付いてないと、と後を追ったがカガリにはちゃんと自分が付いていた。そして、どうしたものかと考えていたらまたしても見失ってしまった。
 でも、俺はちゃんとカガリに付いている。ならば、ここにいる俺までもがカガリの護衛をする必要はないじゃないか。
アスランはそう思って、カガリ達を探すのをやめた。
 さて、久々の自由だぞ。どこへ行こう。などと考える必要もなく、行き先は決まっていた。
 足に加速装置が付いていつわけではないのに、アスランは無重力の中を好きな速度で移動できた。下方を次々と流れていく 景色の仲の人々は、先ほどのカガリたちのように重力下にある。なんにしろ、便利なことだと思った。
 目指すキラの住処にはすぐに着いた。
 なんだかひどく体が軽いので、これなら壁も通り抜けられるような気がしてきて、試してみた。すると、スルリと体は壁を通り抜けた。アスランは、キラの部屋に直接入ったつもりだったがそこには使われた形式のない、綺麗に整えられた形のベッドがあるだけだった。
 はて、俺は焦るあまり部屋を間違えたかと廊下に出た。しばらくウロウロと飛び回ってみたが、そこはやはりキラの部屋だ。なんだか嫌な予感がした。アスランの第六感がやかましく警報を鳴らしている。
 いや、まさかそんなはずはない。と思いながらアスランはラクスの部屋の前まで来た。警報はさらに大きく頭の中で鳴り響く。
 そおっと壁を抜ける。ふわりふわりとベッドに近づくと、ラクスの静かな寝息が聞こえてきた。彼女のほかには誰もいない。ふとわれに返って、女性の部屋に忍び込むようね真似をしてしまったことに気付いた。急いで部屋を出ようとしたとき、「ん…」とラクスの声にしては低い声というか呻きが聞こえた。俺はそこに見てはいけないものがあるような気がして、恐る恐る振り返った。
 そこには、寝返りを打ったせいでずれたのであろうシーツがめくれて、ラクスの白い裸の体が闇に浮き上がっていた。
そして、その向こうに見えたものは………
 同じように素っ裸で、胎児のように体を丸めて眠るキラの姿だった。


 思い出して、また叫び声を上げそうになった。しかし、丁度そのとき車は目的地に着いたところだったので何とかこらえた。
 車を降りて玄関へ向かう。海岸を振り返ると、やはりそこにはラクスがいた。彼女はアスランに気付いていないようだった。
 朝日を背景に散歩している彼女の姿は、なんだか以前会ったときよりも生き生きと輝いているように見えて、ますます不安が募る。
 ラクスにナニかあったのだろうか。
 呼び鈴を鳴らすにはまだ少々非常識な時間に思えたので、持っている合鍵で扉を開ける。
 家の中は案の定静まり返っている。
 夢では浮かんでいたので足音の心配はなかったが、現実ではそうもいかなくて足音を消そうと靴を脱いで歩いた。
 靴下のままそろそろと歩くアスランの姿は、正にコソ泥そのものだったが本人はいたって真面目である。
 いつもの倍はあるように思える廊下を歩き、やっとキラの部屋の前に来た。
 ここも、夢ではドアをすり抜けられたけれど、現実ではすり抜けられない。
 忍び込むのはさすがに不味いだろうと、小さくノックをしてみた。
 ―返事はない。
 もう一度、今度はもう少し大きくノックしてみたが、やはり返事はなかった。
 ノブを回すと、扉は簡単に開いた。
 ほんの少し開けた隙間から、体を滑り込ませる。
 朝日は遮光カーテンにさえぎられて、部屋の中は薄暗い。
 ベッドへと歩みを進める。夢のように綺麗にベッドメイクされている様子はなかった。シーツの隆起が見える。しかし、その隆起は人一人寝ているにしては小さすぎる気がする。キラは、
 確かに戦中戦後ストレスからか著しく体重を落としたが、それでもこんなに薄っぺらになるはずがない。

 果たして、ベッドに到達するとそこはもぬけの殻であった。

 アスランは、その空っぽのベッドを見たとたん全身の力が抜けてしまい、床にぺたりと座り込んだ。
 一体自分という存在はなんなのだろう。朝も夜もなく毎日毎日働いて、カガリの身勝手にも首長たちからの延々と続く厭味にも耐え、やっと心のオアシスにたどり着いたと思ったら、オアシスは既にピンクのウサギの皮に本性を隠した最悪の策略家に乗っ取られた後だとは!
 知らぬうちに目に涙かあふれてきた。
 母さん…人生って一体なんだろう。俺はたった今夢も希望も失ったよ……。
 立ち上がる気力もなく、アスランはそのままそこで放心していた。
 と、そのときアスランの背後のほんの少しだけ隙間の開いていた扉が、ギイと大きな音を立てて勢いよく開けられた。
 振り返ったものの、突然入ってきた大量の光にアスランは目を開けられなかった。
「アスラン?!どうしたの?え?なんでここにいるの?ってか何でそんなに泣いてるの?どっか具合悪いの?!」
 キラがあわててアスランに近寄って来た。
 ようやく目が慣れてきたアスランは、キラを見た。キラは薄いブルーのパジャマを着ている。うっすらと下着も透けて見える。
「キラ!無事だったのか!!よかった!」
 アスランは思い切りキラに抱きついた。
「え?何?ホントどうしたの?」
「夢を見たんだ。キラが…キラがラクスと裸でベッドに!!」
「はぁ?何言ってんのアスラン。なんで僕がラクスと裸でベッドに寝てなくちゃいけないのさ?」
「いや、いいんだ。とにかく、俺が来たからにはキラの純潔は俺が守ってやる!」
キラはそれ以上話の内容には触れず、体をもぞもぞと動かした。
「アスラン。苦しいよ。放して。」
「ああ。悪かった。」
冷静さを取り戻したアスランは、キラを放した。
「まあ、何考えてたのか知らないけど、とにかく久しぶり。元気そうだね。」
「ああ、キラもな。」

 アスランの声のおかげで子供たちの大半も起きだしてしまっていたので、いつもより少し早いが朝食にすることになった。
キラがサラダを作りアスランがお茶を入れているところに、丁度ラクスも戻ってきた。
慌ただしく子供たちに食事をさせてやり、歯を磨かせる。それが終わると、子供たちは勢いよく外に飛び出していった。
「はあ。ようやく人心地付ける。いつもこんなに騒がしかったか?」
アスランが疲れたように椅子に腰掛ける。キラとラクスは慣れたもので、自分たちの分の食事を作り始めている。
「今日はアスランのおかげでいつもより早かったので、少し興奮しているようですわ。」
ラクスが、にこりと笑って言う。
「あ、そそ、れは。すみません。」
その笑顔に、奇妙な凄みを感じアスランは椅子ごと後退った。
「あら、別に攻めているわけではありませんわ。ただあなたが連絡もせずに、それも夜明け前に突然いらっしゃるなんて、どうなさったのかと少し不思議に思っただけですわ。」
 罰の悪そうな顔をしたアスランの前に、トーストとサラダ、そして紅茶が置かれる。今日はどうやら導師は在宅ではないようで、それは3人分だけだ。
キラとラクスも着席し、三人は朝食をとり始める。
「それで、本当にいったいどうなさったのですか?何か急ぎの用事でも?」
「はあ、それが説明するのも少々恥ずかしいのですが、今朝夢を見まして…。」
「まあ、どんな夢ですの?」
ラクスが興味津々といった風に身を乗り出す。キラが、やめろと目配せを送っているのだが、気恥ずかしげに頬を染めて話すアスランには見えていない。
「実は、ラクスとキラが…その、なんと言えばいいのか……。所謂、夜明けのコーヒーというのですか?…そういった関係になる夢を…。」
キラは、頭を抱えた。いくらなんでも、朝食時に選ぶ話題ではない。
「あら、それは素敵な夢ですのね。私も見たいですわ。と、言うか夢でなくて現実になって欲しいと思うのですけれど、キラにはどなたか心に想う方がいるようなので。ねえ、キラ?」
その話に、アスランは知らず目を輝かせる。
――キラ!やっぱりお前は俺を…!!
「もう。アスランもラクスも勝手なことばっかり言って。別にそういうわけじゃないよ。ただ前のとき、僕はあまりちゃんと考えなかったから、結局彼女のことをすごく傷つけちゃった。あのときは、確かに僕にあれ以外の選択は出来なかった。でも、だからこそ僕はもうそういうことにはしたくない。どんなことも、よく考えて行動に移したいんだ!」
朝日を浴びて、キラは今一度決意を固めるように1人頷いた。
――ん?今キラはおかしなことを言ったぞ。前のときって…いつだ?俺たちはまだキスしかしていないし…それに、彼女って言わなかったか?俺は男だぞ…キラ。
「そうですか。結局フレイさんは亡くなられたのでしたね。でも、キラがそのようにフレイさんのとこを思っていることを、きっとわかっていらっしゃいますわ。」
「ラクス…。うん。ありがとう。」
二人は潤んだ瞳で見つめあい、卓上で手を握りあった。
「ちょ、ちょと待った。キラ、フレイって誰だ?」
「…僕が守らなくちゃいけなかったのに、守れなかった女の子だよ。」
「そ、そうか。それでお前は、その、その子と…その子と……。」
なかなか先を言わないアスランをいぶかしんだようにキラが首をかしげる。
「そのフレイって子と、かか、体の関係がああったのか?」
「何?その聞き方。どっかの親父みたいだよ。」
キラはいやそうに顔をしかめる。
「そんなことより、あったのか?なかったのか?」
アスランは既に鬼気迫るといった表情になっている。
「もう、何なのアスランは。あったよ。ありました〜。これでいい?」
その途端、アスランが椅子ごと倒れた。
「まあ!アスラン?どうなさったのですか?」
ラクスがわざとらしく慌てた様子を見せる。
「いいよ、ほっときなよ。さっきも純潔だとか何とか言っておかしいと思ったんだよね。僕だって、君と別れてから好きなことかいろいろできたんだよ。」
 キラは空になったカップを置いて、台所に立った。
 ラクスも、食器を持って立ち上がる。

 ただ1人、アスランだけが絶望と共に食卓に残された

キラが好きだ好きだと思って書くと、どうしてもアスランがヘタレキャラになってしまいます。

と言うか、思ったより大分長くなってしまいました。なぜ?しかも最後がちょっと尻切れっぽくて

申し訳ありません。

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