おかえり





「ムウさん…記憶戻ったんですね。」


二度となければいいと思っていた、やりきれない戦闘を終え、キラたちはアークエンジェルに戻った。戦闘後の高揚感と、悲しみが入り混じったような気持ちがまだ抜けない。戦争は終わってからのほうが大変だが、自分はこの後表に出る必要のない存在だ。そう思うと、妙な安堵感が生まれ、キラは大きく嘆息した。
「キ〜ラ、せっかく終わったってのに、そのため息はなんだあ?」
突然背後から大きな手が、頭をなでた。
驚いて振り向くと、其処にはムウ・ラ・フラガがふてぶてしいような微笑むを浮かべていた。


彼は二年前の戦争で、艦を守るために死んだ。なれない戦闘の中、彼はいつも自分を気遣ってくれた。それをわずらわしく感じた事もあったが、何度もそのお節介に救われた。停戦を迎えたとき、艦内に自分がいるのに彼がいないことが不思議だった。彼が死んだと言う事を受け入れるには、随分と長い時間がかかった。おかげで涙を流すタイミングも逃した。
二年が経ち、世界は停戦時は思いもしなかった流れを見せた。それと無関係でいることは出来ず、再び戦場を翔けたとき、キラは彼の気配を感じた。そのとき始めて涙を流した。キラには、それが彼だと言う確信があった。喜びとか、怒りとか、なんと表現したらいいのか分からない、様々な思いがあふれた。とにかく感情が大きく揺さぶられて、涙が止まらなかった。世界の行方も、何もかもを放り投げて彼の元へ行きたくなった。
止めてくれたのはラクスだ。ラクスと自分は、根本的な部分が良く似ていると思う。彼女ほど自分を理解してくれる人はいないし、自分ほど彼女を理解している存在もいない。考えなしに突っ込んでも、彼に会うことができないことは明らかだ。方法を、考えなければいけない。
どうしても確かめたかったのだ。生きているのなら、なぜ再び戦っている自分の側にいないのかと、憤りを感じていたのかもしれない。ラクスにそう言うと、彼女は自分が彼を取り戻すことに賛成してくれた。
キラは、上手くやった。
ムウはたいした怪我をする事もなく、再びアークエンジェルに戻ってきた。そして、キラのことを知らないと言った。
矛盾しない記憶、ムウ・ラ・フラであったのならなり得ない地位。先の大戦時からアークエンジェルに乗っている他の人々は、それを聞いて彼がムウ・ラ・フラガだということに、半信半疑だった。キラだけが、かたくなに彼をムウだと言い張って、「ムウさん」と呼ぶのをやめなかったのだ。


「お前、どうして記憶のない俺にあんなに食って掛かったんだよ。」
実際に戦闘に出た者たちは、休息を取るために、部屋に引っ込んでいる。整備班たちは自分たちの仕事に急がしい。格納庫の影にいる二人に気を向けるものはいなかった。
「………」
キラは何も言わず俯いている。
2年前、キラはよくこういう表情をしていたな、とムウは思った。不貞腐れた、幼い子どものような顔。
「返事してくれないの?お口なくなっちゃった?」
かがんで顔を覗き込む。
「子ども扱いしないでください!」
キラはぷいと横を向いてしまった。
ムウは困ったように頭をかいた。
「…………て…から…す。」
「え?なんて?」
キラが横を向いたまま、ボソリとつぶやいたが、それはあまりにも小さすぎてムウには聞き取れなかった。耳をキラの口に寄せて聞き返す。
「っ、ムウさんが僕のこと忘れて地球軍の話ばっかりしてたからです!!」
耳元での大声に、キーンと、耳鳴りがした。耳を抑えて、キラに向き直る。
耳元で大声を出したら耳が痛いだろう、と言いたかったが、キラの顔を見たら言う気がなくなってしまった。
目にいっぱい涙をためて、真っ赤な顔をしている。ネオ・ロアノークになってからの記憶には、こんな表情のキラはいない。いつもしっかりとしていて、老成しているようにすら見えた。だから、記憶を取り戻して始めに思ったのは、キラは大人になったなあということだった。正直ちょっと寂しいな、と感じた。だが、今時分の目の前で涙をこらえているキラは、彼の知っているキラそのものだった。彼のキラ、の表情をしていた。
「…お前は可愛いなぁ。」
たまらなくなって、ムウは思わずキラをぎゅっと抱きしめた。
キラはムウの肩口に押し付けられた唇から、急に何するんですか放してくださいよ、などと叫んで暴れたが、ムウがちっとも放そうとしなので諦めたのか、おとなしくなった。
「ごめんな。」
そう言ってムウが、キラの背中をぽんぽんと叩いた。それを合図にしたかのように、キラの手がムウの背中に回る。自分と同じオーブの制服をぎゅうっと握る。
「すごく…すごく会いたかったんです!!戦ったとき、あ、あなたの気配が、して…。だから、どうしても確かめたくて、なのに僕のこと知ら、知らないって言うし、僕の知らない話ばっかりするし!だからっ…」
「ああ。ホントにごめんな。」
しがみついたまま必死に話すキラがものすごくいとおしく感じられて、ムウはキラの頭をゆっくりと、撫でた。
何度も何度も撫でるうちに、興奮して肩で息をしていたキラも落ち着いて、しゃくりあげる声も静まった。
キラは不意に顔を上げてムウを見た。
「…名前。」
「ん?」
「名前、呼んで下さい。」
キラの顔は涙でぐちゃぐちゃになって、髪も顔に張り付いていた。でも、紫の瞳は強請るような、甘えた色をしている。
「僕の名前、呼んで下さい。」
「…キラ、キラ・ヤマト。俺のキラだ。」
ぎゅっと抱きしめる力を強めて、ありったけの愛しさをこめて、ムウはその名を呼んだ。その途端、キラは花がほころぶようにふわりと微笑んだ。

「ムウさん、おかえりなさい。」
「ただいま、キラ。」