その日もまゆのところに行った帰りにキラの家に寄っていたので、帰るのがすっかり遅くなってしまった。ただいまとドアを開けて台所に入ると、母さんが怖い顔をして俺をにらんだ。もっとも、帰りが遅くて怒られるのは毎日の日課のようになっていたから俺は特に何も思わなかった 「シン。ちょっとここに座りなさい。」 怖い顔をさらに怖くして母さんがそう言うので、面倒だなあと思いながらも渋々母さんの向かいに座った。 「今までどこに行ってたの?もうとっくに面会時間終わってるでしょう?」 この言葉も毎日のことだったから、帰りに外で遊んでいたから遅くなったのだと適当に答えた。 「うそおっしゃい。お母さん知ってるのよ。あなた、病院のお庭の横にあるお家に行ってたんでしょ。」 「え?!何で知ってるの?」 絶対に誰にも知られていないと思っていたので思わずそういってしまった。 「やっぱり。」 はあ、と大きなため息をついて母さんはバンッと机をたたいた。 「知らないはずかないでしょ?毎日毎日遅くに帰ってきて。メイリンちゃんのお母さんたちも皆知ってるのよ。あなたが病院の帰りにふらふら垣根をくぐってあのお家へ入っていくのを皆見てるのよ。よそ様のお宅にこんなに遅くまでお邪魔して。ちょっとは人の迷惑も考えなさい!だいたい、あのお家誰が住んでるの?ずっと誰も住んでなかったでしょう?お母さんにも言わないで、おかしな人だったらどうするの?後先考えずに行動するのはいい加減にやめなさい。もう10歳でしょ?」 一気にまくし立てられて一瞬ひるんだけれど、その一方的な言葉にすごく腹が立った。母さんなんか何も知らないくせに。 「おかしな人ってなんだよ。キラはちょっともおかしくねぇよ!それにキラが、もっといて言うんだから迷惑なんかかけてねえ!」 「ちょっと、シン!!なんて口の利き方するの?それにキラって誰なの?何してる人?どうして、今までお母さんたちに黙ってたの?」 「キラがなんしてたって別にいいだろ。どうして新しい友達ができらぐらいで、一々母さんに報告しなきゃならないんだよ。」 「キラって、お友達なの?いくつ?ご両親は?あのお家に一人で住んでるの?」 「うるさいなぁ!歳は12で両親は東京で仕事だよ。気管支が悪いとかなんかで療養に来てるんだって!マーナっておばさんが一緒に来てる。これでいいだろ!まだなんか聞きたいことある?」 母さんは、大きく息を吐いた。 「要するに、あなたはそのキラ君がどういう子なのかほとんど何も知らないってことなのね。わかったわ。明日も学校なんだし、お風呂に入って早く寝なさい。」 自分が引きとめたくせに何だよと思ったけれど、これ以上母さんと話をするのが嫌で、俺は何も返事をしないで部屋に戻った。 部屋のドアを開けると、窓から月の光が差し込んで部屋を青白く染めていた。俺はキラと始めて会った夜を思い出した。だから、なんとなく電気をつけずにドサリとベットに寝転がった。 母さんが最後に言った言葉が引っかかっていた。俺がキラのことを何も知らない?そんなはずがない。キラの顔がすごく可愛いことも、キラがすごく優しいってことも、俺はよく知ってる。母さんは、家のこととか、親のこととか、そういうキラ本人には何の関係もないことばっかり気にして腹が立つ! ガバリと起き上がって、着替えを持って部屋を出た。腹が立つ腹が立つと思う反面、やっぱり母さんの言葉が気になって仕方なくて、風呂に入っているときも布団に入った後も、なんだか落ち着かなかった。 |