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満開の桜が雨でけぶって、世界が薄桃色に霞んで見える。 雨が降っていてよかったと、キラは思った。おかげで、今自分の前を歩いている背の高い人物の姿もぼんやりと霞んでいて、よく見えない。 キラの前を黙々と歩いている男は、キラの父である。だが、キラは彼が苦手だった。 明るい日差しの下で父を見るのは、怖い。 キラの母は、父の屋敷で住み込みで働いているときに、父に見初められて関係を結んだ。その結果できたのがキラである。しかし旧家の当主である父には、そのとき既に妻が居た。当然下働きの女との間にできた子供など認められるはずもなく、母は幼いキラを連れて屋敷を出た。ただ、父が母を本心から愛していたのかどうかキラにはわからなかったが、家を出た後の母とキラの生活だけは父によって保障された。父は割と頻繁に母の元へ通ってきた。だが、父はキラには愛情のかけらも注がなかった。彼はそもそも子供という生き物が嫌いなのだ。子供ながらに、キラはそれを感じていた。だから、キラは父が来たときいつもどのように振舞えばいいのかわかず、ただ大人しくしているしかなかった。 そうして、キラと父との関係はぎくしゃくとしたままに年月が経ち、キラが15の春、桜吹雪の中彼の母は死んだ。 もともと身体の弱い人だったから、そんなに長く生きられないだろうとは思っていた。それにしても、まさかこんなに早く逝くだろうとは思っていなかった。 キラは母が亡くなってからは、まるで魂が抜けたようになってしまった。葬式は、父の手によって済まされた。葬式の間中、キラは自分が何をしていたのか全く記憶がない。 初七日も過ぎ、キラの精神もようやく落ち着き、母の死を受け入れ始めたとき、父が来て言った。。 「お前を、私の屋敷に引き取ることになった。これはお前の母の望みでもある。今日で初七日も過ぎた。母への別れも済んだだろう。学校の転校手続きももう済ませてある。そのほか生活に必要なものはこちらで用意する。洋服も、全てだ。お前は身一つで屋敷にこればいい。ただし、3つだけ持ってくることを許可してやる。明日の朝までに決めておけ。迎えに来る」 決定事項として言い渡された以上、逆らうことはできない。母の気配の染み込んだこの家を離れるのはいやだったが、キラは「わかりました」とだけ言った。準備をしろと言われたが、持っていきたいものはほとんどなかった。母の使っていた小さな手鏡と櫛、ノート型のパソコンだけは持っていこうとカバンに詰めた。 翌朝、父が迎えに来たので「よろしくお願いします」とだけ言った。 そうして今、霧雨の振るなか父の後ろを歩いている。 てっきり迎えを寄越すだけだろうと思っていたので、父自身が来たことに少し戸惑った。キラの家は奥まったところに建てられていたので、車は少々離れたところに停めなければならない。離れているといっても歩いて5分ほどだが、今のキラにはまるで永遠かと思えるほど長い5分だった。 ようやく車について、父と並んで後部座席に座る。 「小一時間ほどで着く。」 父はそう言った後、目的地に着くまでとうとう一言も口をきかなかった。 |