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父の屋敷は、正にキラの予想通りの造りをしていた。うんざりするほど長い塀に囲まれた、純和風の家である。中庭には川まで巡らせてある。 屋敷に着くなり、父はキラに一言もなく姿を消した。残されたキラが1人所在無く玄関にたたずんでいると、程なくして執事らしき男が現れた。背の低い、神経質そうな男だ。 「ご案内いたします。」 執事らしき男は、じろりとキラをねめつけて言った。「はじめまして」と言おうとして吸った空気は、吐き出すタイミングを逃し、ため息となって流れた。 長い廊下を何度も曲がる。今ここで1人にされても、絶対に玄関にはたどり着けないだろうと天井を仰いだとき、前を歩く男が立ち止まった。 「お連れしました。」 男が言うと、「入れ」と応えがあった。男はふすまを開け「どうぞ」とキラを促した。 キラがふすまの中に入ると、そこには父を上座に据え、両脇に合計三人の少年が座っていた。 「座れ。」 父に言われ、まるで時代を無視したような風景の中の最も下座に、父と向かい合ってキラは正座した。 「ここに居るのは、皆お前の兄弟だ。同じ屋敷に住むのだから、名前ぐらい知っておいたほうがいいだろう。 お前から向かって右に居るのがディアッカ、アスラン。左に居るのがシンだ。ディアッカが長男で16歳。アスランはお前と同い年で15。シンは二つ年下の13歳だ。ディアッカ、アスラン、シン。キラだ。今日からお前たちと共にこの屋敷に住む。お前たちも知っていると思うが、彼も私の息子だ。先日母が亡くなったのでこちらで引き取ることになった。仲良くするように。キラもだ。いいな。」 誰も返事をしなかったが、父は全く気にする様子もなく、用は済んだとばかりに立ち上がった。 「私は仕事があるからもう行く。アスラン。彼を部屋に案内してあげてくれ。」 「わかりました。」 アスランと呼ばれた、濃紺の髪をした少年は、父向かって親子とは思えない固い口調で答えた。 父が出て行って、部屋には少年たちばかりが残された。 キラは、三人から浴びせられる刺すような視線に、ただうつむいて耐える他なかった。部屋に案内することを了承したはずのアスランは、立ち上がる素振りも見せない。 「卑しい愛人の子供が、よくもまあ図々しくこの家の敷居を跨げたもんだな。」 燃えるような真っ赤な瞳をした少年が――確かシンと言ったか――忌々しそうに吐きすてた。そういう態度をとられるであろうことはわかっていたので、キラはこれにもただ俯いていた。自分が愛人の子であるのは事実だ。母が卑しいなどといわれるのは心外だが、彼らのような生まれながらに傅かれて育ったものにしてみれば、下働きの女などは『卑しい』存在なのだろう。 「おい、何とか言えよ!」 キラが黙っているのが癪に障ったのか、シンが声を荒げる。だが、やはりキラは何も言わなかった。何を言っても同じことだ。彼らはキラの存在そのものが、癪に障るのだろう。 「キラチャン、だっけ?何?お話できないのかな?」 一番年かさの少年、ディアッカが皮肉気にニヤニヤと笑いながらキラに近づいた。俯いているキラのあごをぐいと持ち上げる。 「なんだ。可愛い顔してんじゃん。まるで女だな。ふ〜ん。ま、親父が骨抜きにされただけのことはあるな。」 値踏みするようにじろじろとキラの顔を眺める。キラは逆らうこともできずに、ただ心だけは屈服しないでいようと、じっとディアッを見つめ返す。 「ディアッカ?!何言ってんだよ!こいつの母親のせいで、母さんは病気になって、死んだんだぞ!!」 シンが、まるでキラに殴りかからんばかりに憤った。が、ディアッカは動じる様子もなく飄々としている。 「何言ってんだよ、シン。別にお袋が病気になったのはキラの母親のせいじゃねぇよ。お袋が弱かっただけのことだ。ま、こいつの親ももう死んじまったらしいし、これでアイコだろ。」 「アイコ?!アイコなんかじゃ…」 「シン!いい加減にしろ。」 それまで黙って聞いていた、アスランが二人の間に割って入った。 「なんでだよ!俺はこいつが一緒に住むなんて絶対認めない!帰れよ!ここは俺たちの家だ!」 「シン。彼をここに住むことに決めたのは父上だ。俺たちが今更何を言っても無駄なことぐらい、わかるだろう?」 シンはぐっと言葉に詰まった。 「とにかく俺は認めないからな!絶対にお前を追い出してやる!」 言うが早いか、襖を開けてシンは部屋を出て行ってしまった。襖を開ける瞬間に見えたシンの瞳は、憎しみと憤りに染まって赤みを増していた。 「…やれやれ。シンはホントにガキだな。ま、アスランじゃないがアンタがこの家に住むのは決定事項だ。アンタにもいろいろ不満があるだろうが、俺としちゃ問題なく毎日を送りたい。親父の遺伝子を受け継いじまったことを恨んで、静かにしててくれよ。キラチャン。」 あごを掴んでいた指先は、キラの青ざめた唇をツ…となぞり、放れた。 「じゃ、俺ももう行くぜ。アスラン、お前が言い付かったことだ。しっかりとキラチャンをエスコートするんだな。」 ディアッカはそう言って、キラに背をむけたままひらひらと手を振って出て行った。 「全く…。大人気ない兄と弟ですまない。さ、部屋に案内するよ。付いてきて。」 親切そうな声音に、キラはほっとした。この人がいるなら、この家でもやっていけるかもしれないとアスランを見上げた。しかし、その顔を見てぞっとした。 柔らかな微笑を浮かべたその表情は、しかし眼が全く笑っていない。深い湖のような緑を讃えた瞳は、全くの無表情で、ただキラの怯えた顔をを映し出していた。 この人に近づいてはいけないと、キラの本能が警告を鳴らす。 だが、キラには彼に従うことしか許されていなかった。 「ここが君の部屋だよ。」 つれてこられた部屋は、まるで隔離されたように建てられた、六畳ほどの狭い離れだった。本宅とは渡り廊下で繋がっていたが、それも正面からは隠すように裏口からこっそりと出ていた。 「ここはおじいさまが昔、お妾さんを本妻から隠してこっそりと囲うために建てられたところなんだ。今通ってきた渡りも、この家の家長の部屋の直ぐ脇から出ている。」 なぜそんな話を自分にするのか。 相変わらずアスランの瞳は表情を示さなくて、キラの不安は募る。 「ねえ。キラ?さっきから君はずっと黙っているけれど、俺の話をちゃんと聞いているのかな?君の部屋を指定したのは父だ。これが何を意味しているかわかる?」 何を問われても、キラは答えることができない。彼には何も言ってはいけないと、直感が叫ぶ。 あの、皮肉気なディアッカなどよりも、きっとずっとアスランは怖い。この家の人物に屈服するのは悔しいが、絶対に目もあわせてはいけない。 震えそうになる体を、こぶしをぎゅっと握ることによって何とか耐える。 アスランの顔が、ぐいとキラに近づく。 ほんの少し背の低いキラの瞳に自分の視線を合わせるために、首を傾ける。 アスランの瞳から逃れたくて後退さるが、狭い部屋の中ではすぐに背中が壁にぶつかってしまう。 彼が何を言おうとしているのかも、自分がどうして連れてこられたのかも、キラはうすうす見当が付いていた。 キラが成長するにつれて、父の自分を見る視線が変わっていった。今までは母がかばってくれたが、その母ももういない。父は、自分を引き取ることは母の意志だといっていたが、母がそんなことを願うはずがない。母は死ぬ間際、キラに逃げろといった。死にゆく母に「きっと逃げるから、安心して」と言ったが、父から逃げられるはずはない。第一、たとえ逃げたってキラには行くところなんてないのだ。 「なんだ、君は自分の立場をちゃんと認識しているのか。そうだよ。おまえは、愛人としてここに連れてこられたんだよ。」 そう言ったとき、初めてアスランの瞳にチラリと火がともった。 欲望 という名の 炎 が。 |
なんだかお約束ですみません。これからはエロばっかです。
この話の続きだと、アスランとって感じですが、書く順は気の向くままなので
アスランとの話を書くとは限らないので、悪しからずご了承ください。