☆アスラン君の初恋☆






頭からシャワーを浴びているアスランの眉間には、深くしわが刻まれていた。
夕食時の自らの態度を振り返って、今更ながらひどかったと後悔しているのだ。はたから見れば、ものすごく不機嫌な顔に見えただろう。キラもラクスもこちらをちらちらと見ながらも、言葉少なに黙々と食事を取っていた。
しかし、アスランは実際に不機嫌だったわけではない。ただ考えていたのだ。キラの可愛らしい口から放たれた「フレイ」という名について。
キラが女性と付き合っているという事にはもちろんひどくショックを受けたが、同時にそれも当然だと納得してもいた。アスランは、割と小さなころから、自分は女性に関して世の多くの男性と比べて淡白だと、自覚していた。仲のよい友人の中にも、キラと同じぐらいの年頃から恋人がいるものも珍しくはなかったのだ。ましてカレッジに通っているキラは、自分たちがその年齢だったころに比べて、精神的にも多分にませているのだろう。恋人の一人や二人、いるだろう。
フレイと言う名には、聞き覚えがあったのだ。だが、どこで聞いたのかさっぱり思い出せない。アスランは内向的というわけではないが、とりわけ社交的な性格でもない。歳の離れた少女の名を聞く機会など、限られている。
頭をがしがしといささか乱暴な手つきで洗う。
「フレイフレイ…。フレイ、フレイ=アルスター?アルスター!!」
突然頭に浮かんできた一つのファミリーネームに、アスランは思わず大きな声を出してしまった。バスルームに自分の声が反響する。
急いで全身を洗い、雫を滴らせたままタオルを巻いて書斎へ向かう。
本棚に囲まれた部屋の中央よりやや後ろに下がったあたりに、重厚なデスクが存在を主張している。きれいに片付けられたその上に、何通かの手紙が無造作に置いてある。どれもラクスとの結婚を祝したものであった。その中の一通を手に取り、中身を取り出す。お決まりの祝辞が並んでいる点は他の手紙と同じであったが、その手紙には続きがあった。
"娘、フレイも3ヵ月後には16の誕生日を迎えます。節目の歳でもありますので、パーティーを開きたと思っております。つきましては、ご夫妻でご出席くださいますよう云々…"
と書かれている。
「やっぱり。アルスター家のご令嬢か…。」
結婚前は、社交の場へ積極的に赴くことがザラ家のために重要なことだと分かっては居たが、噂話と自慢話ばかりのその場が、アスランは非常に苦手であった。そのため、父に何度も小言を言われながらも、真面目な彼らしくなくのらりくらりと避けていた。それほど苦手であったのだ。だが、先日自分は結婚式に大勢の人を招待した。アルスター家も勿論そのひとつだ。それは別段アスランの希望ではなかったが、彼はそうせざるを得ない立場に居るのだ。
自分の式に大勢を招待しておいて、他家の祝い事には参加しないというのは、あまりにも礼を失した行いである。自分ももう子どもではない。行かざるを得ない、と諦めていた。それは彼の憂鬱の種の一つであった。
しかし、その憂鬱の種がキラの恋人とは、世間は狭いものである。
先程は突然の出来事であったし、キラの幸せそうな顔が気になってフレイの顔をよく見ていなかった。髪が赤かったことぐらいしか覚えていない。この誕生会でしっかり見てやろう。

アルスター家は、あまり評判のよい家ではなかった。成り上がりだからである。ザラ家もクライン家などと比べれば成り上がりであるが、アルスター家はできうる限りの汚い手を使い他を蹴落としてのし上がったのだと、以前まだカレッジに通っていた頃に聞いた覚えがある。成り上がりモノらしく、金の使い方が下品だと父から聞いたような気もする。
思い出したら、なんだかキラが不憫に思えてきた。いくら頭がいいとは言ってもまだ13歳なのだ。あの赤毛の女に騙されているに違いない、自分は義理とはいえキラの兄となったのだ。兄として正しい道に導いてやらねば!
それは全くの勘違いであったのだが、アスランの胸には、妙な使命感のようなものが芽生えていた。

「ラクス?遅くに申し訳ありません。起きていますか?」
アスランは、早速あるスター家の誕生祝いへ行く打ち合わせをしようとラクスの部屋を訪れた。
時間は既に11時を回っていて、訪うには少々非常識かとは思ったが、なんだかよくわからない焦燥感に突き動かされて、アスランは初夜もまだな妻の部屋の戸をノックしていた。
「はい?あら、アスラン。どうなさったんですか?」
ラクスは、ネグリジェの上に可愛らしいガウンを着てアスランを部屋へと迎えた。
「あの、アルスター家からご令嬢の誕生祝の招待状が来ているので、その打ち合わせをしなくてはと思いまして。」
「ああ、フレイさんの。わたくしのところにも来ていますわ。アスランはこういった場はお嫌いだと伺っていたのですが、お受けになるんですか?」
「せ、先日我々の式にはアルスター家にも出席していただいたので、その、やはり行くべきだと思いまして。」
無論ラクスもこの招待を受けねばならないことを承知している。からかっているのだ。だが、なんだか疚しい思いを見透かされたような気がして、アスランは珍しくどもった。
「そうですわね。来ていただいたのに行かないと言うわけには参りませんわね。式は朝からですけれど、わたくしその日は午前中にどうしてもぬけられない仕事がありますの。ですから、午後からしか参加できないのですけれど、どうしましょう?」
どうしましょう、と曇りのない瞳で見つめれれて、アスランはたじろいだ。本音を言えば、朝一番に駆けつけて、フレイの顔を拝みたい。だが、招待状には"是非ご夫婦で…"と書かれている。まして、結婚したばかりの自分たちは恰好の話の種だろうし、それを一人で耐える自信はなかった。朝一番に一人で行こうものなら、ラクスが来る前に暇を告げてしまうかもしれない。
「では、待っていますので一緒に午後から行きましょうか。」
「あら、よろしんですの?」
「ええ、招待状には"是非ご夫婦で"と書かれていますし、私も丸一日仕事を休むのは辛いですから。」
「そうですか?では、着ていくものなども決めなくてはなりませんから、また明日お話しましょう。わたくしは明日オフですからよろしいのですが、アスランはお仕事でしょう?そろそろお休みにならないと。」
「あ、そうですね。遅くに失礼しました。では、おやすみなさい。」
「はい、お休みなさいませ。」
アスランは既に一仕事終えたような気になり、先程までの焦燥感はどこへやら、意気揚々とラクスの部屋の扉を開けた。
「あ、アスラン。ひとつ言い忘れていましたわ。フレイさんのお誕生日祝いにはキラも参加するので、キラにも何かお洋服を見立ててやってくださいませんか?キラ、礼服の一着も持ってきていないらしいんです。」
「キラも、参加…ですか?」
「ええ。アスラン?どうかなさいました?」
「……いえ、なんでもありません。わかりました。明日、キラにも話しておきます。では、失礼します。」

動揺しながらも、静かに閉められたドアの向こうに消えたアスランの背を見送って、ラクスは面白そうに微笑んだ。
「お誕生会が楽しみですわ。」




                   

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