*ディアキラ*



障子は全て開け放してある。出入り口もだ。扇風機も"強"にしてある。
「暑い…」
ぶら下がっている風鈴は怠けて、ちっとも涼しい音をたてようとしない。それなのに、庭中からは嫌がらせのように蝉時雨だ。
その上大して広くもない部屋の畳には、ノートパソコンや、お茶の入ったグラスや、本や洋服などが散乱しているので、余計に暑く感じられる。
キラは、冷房をつけたいと強く思った。
もちろん、この部屋にはエアコンが付いている。しかし、リモコンがないのだ。昨日の夜寝転んだまま使って、その後この畳の上のどこかに置いたはずなのに、見あたらない。
冷房をつけないと自分はこのまま暑さのせいで死んでしまうかもしれない。いや、もう死にかけてるのかも。だからリモコンを探す気力もないんだ…。こんなところに愛人として住むなんて苦しみも、きっと今日で終わるんだ。
そんなことを考えていたら、だんだんうつらうつらしてきて、キラは眠ってしまった。
真っ昼間の浅い眠りの中で、キラは夢を見た。
ニコルがピアノでワルツを弾いている。ものすごくテンポの速いワルツだ。ワルツの振りをした行進曲かもしれない。それに会わせてアスランとディアッカが踊っている。二人とも19世紀初頭の英国女性が着ていたような大きく広がったスカートをはいている。アスランとディアッカは、スカートをブルンブルン回転させる。あまりの速さに、スカートしか見えない。アスランとディアッカだと思ったが、実は始めからスカートしかなかったのかもしれない。もうニコルも見えない。ピアノを弾いているのはひまわりだ。ひまわりが、ピアノを弾いている。奏でられる音楽は蝉時雨だ。知らなかった。ピアノから蝉の音が出ていたなんて。じゃあ、いつもうるさいあの音はニコルが出していたのか。ひどい嫌がらせだ。いつのまにか、ひまわりは連弾を始めている。ますますうるさくなる。うるさいよ!ひまわり!もうやめて!!
「やめろってば!!」
目を開けたら、視界全部が向日葵だった。嫌がらせでは飽き足らず、とうとう自分を直接攻撃に来たのだと、キラは恐怖した。ギュッと目をつぶって攻撃を待った。しかし攻撃は一向にない。
恐る恐るまぶたを上げると、向日葵はなくなっていった。
「キ〜ラ!いつまで寝てんだ?」
両手いっぱいに向日葵を持ったディアッカが、いた。
「…あれ?ディアッカ。ドレスは脱いだの?」
「はぁ?何言ってんだよ?まだ寝ぼけてんのか?」
「え?あれ?僕寝てた?」
「そうだよ。このきったない部屋で大の字になってな。目ぇ、覚めたか?」
「あ、そっか。じゃあ、さっきのは夢か…。」
起き上がって、汗をかいた額をぬぐう。ボタンも留めないで引っ掛けていただけのシャツが、汗で背中に張り付いて気持ちが悪い。
「夢?」
ディアッカが、散ばっている本をずらして、自分の座る場所をなんとか確保する。
「うん。ニコルがピアノ弾いてて、アスランとディアッカが踊ってるんだ。こう、ブワをしたドレス着て。なのにいつの間にか向日葵が蝉を出すし、スカートだけになっちゃうし。嫌がらせかと思ったよ。」
「…わけがわかんねぇぞ。まあ、いいや。ほれ、夏の風物詩をお届けにあがりましたよ。お嬢さん。」
ディアッカは言いながら、先ほどから持っていた大量の向日葵を差し出した。
「誰がお嬢さんだよ。ってか、何それ。暑苦しいなぁ。」
キラは、先ほどの夢のこともあり、向日葵など見るのも嫌だった。自己主張の激しいその黄色と、偏執的なまでにぎっしり詰まった種を見ると気分が悪くなる気がした。
「暑苦しいって、女みたいな顔してるくせに。風流のふの字もない奴だなあ。」
「女みたいな顔は余計だよ。第一、この顔が好きで兄弟皆で通ってくるくせに何言ってんだか。近親相姦って言葉を知らない野蛮人には参るよ。ほんと。それに、君は大きいからいると気温が上がる気がする。出てってよ。」
「お前は本当に優しくないな。大体そんなに暑いんならクーラーつけろよ。素っ裸の隣みたいな格好して。胸のキスマークが目の毒だから、しまっていただけませんかね?」
「僕はこんなもの付けてたくないよ。君の弟たちが勝手に付けてるんじゃない。それに、リモコンがないからクーラーはつかないよ。」
ふてくされたように、また寝転がった。背中に本の角が当たって痛い。足のほうでは、洋服を何枚か下敷きにしている感触があって気持ちが悪い。
「リモコンないって…なくなったりしないだろ?そんなもん。このきったねぇ部屋にあるんだよ。片付けろよ。すぐ見つかるって。」
「やだ。暑いし、面倒臭い。ディアッカがやって。」
「しょうがねぇなあ。」
ディアッカは渋々と片付け始めた。長男に生まれたからなのかはわからないが、彼は軽そうな外見に似合わず世話焼きだった。
一面に広がっている洋服は、洗濯済みなのかそうでないのかの区別がつかないので、取りあえず全て洗濯物ということにしてしまう。おそらくキラ自身にも区別できないだろう。
「おい。本はどうするんだ。適当に本棚に入れておけばいいのか?」
自分の部屋だと言うのに手伝おうともせず、だらだらと寝転がっているだけの男に問う。
「ダメ。アルファベット順とは言わないけど、作者ごとに揃えて。大きさもね。」
男はこちらをチラリと見ることもせずに答えた。
「…おい。お前は何様だ!」
ディアッカは、キラが下敷きにしている本や洋服一気に抜き取った。反動で、キラはくるりと回転して仰向けになった。その上に、ディアッカががばりと圧し掛かる。
「ちょっと!やだって!!ディアッカやめて!暑い!」
「何言ってんだ。掃除してやるだからその分の代金をもらわねぇとな。おとなしくしてろよ。」
「今までさんざんはらってるじゃないか!何言ってんだよ。こんな暑いとこでやったら死んじゃうよ!」
キラはわめくが、ディアッカはお構いなしに服を脱がせていく。もともとボタンも留められていなかった洋服を脱がすことなど容易い。
「どうせ汗かくんだから、暑くても涼しくても一緒だろ。」
細い首筋に舌を這わせると、いつもは感じられない塩辛い汗の味がして、それがディアッカを凶暴な気分にさせた。






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