*ディアキラ*
ディアッカは女が好きだ。父がキラを連れてきたとき、皮肉ってはみたものの、内心俺の親父はホモの近親相姦だったのかと、ひどくショックを受けたことを覚えている。その日にアスランがキラを抱いたことを知って、さらに驚いた。どちらかと言うとストイックに見える弟が、同い年の男に欲情するとは考えられなかった。 シンがはじめてキラを抱いたのがいつのことなのかは、知らない。ただ、始めからやけにキラのことを敵視していたから、嫌がらのつもりだったのだろうと、これにはさほど驚かなかった。 父にも弟たちにもいろいろと言いたいことはあったが、家族とはいえ個人の趣向についてとやかく言う資格はないだろうと黙っていた。 ある日の午後、キラに客が来た。その日は、ディアッカ以外皆外出していた。インターホンが聞こえたが、自分の客ではないだろうと放っておいた。しばらくして、家政婦が障子の外からディアッカを呼んだ。 「何?」 障子を閉めたまま返事をする。 「あの、キラ様にお会いしたいと言う方がいらっしゃいましたが、どういたしましょう。」 「キラに?」 立ち上がり、障子を開ける。金木犀の香りがして、ディアッカに秋の訪れを感じさせた。 「どんなやつ?」 「スーツをお召しの、20代ぐらいの若い男の方です。」 「ふ〜ん。スーツの若い男ねぇ。何か言ってた?」 「お仕事がどうのとか言ってらっしゃいましたけど…。どうしましょう。」 家政婦は心底困っているようだった。 キラは15だからまだ学生のはずである。それなのに、学校に行くどころか一日中家にいる。持ってきたらしいコンピュータの前で、毎日忙しそうにカタカタとキーボードを打っている。そうかと思えば、一日中ぐうすかと寝ている日もある。 ディアッカも、キラのそういった点に関しては少し興味があった。これは、キラのことを知るチャンスだ。 「俺が出るよ。」 「本当ですか?じゃあよろしくお願いいたします。」 ほっと安堵した顔をぺこりと下げて、家政婦はそそくさと戻っていった。 玄関までの廊下をペタペタと歩きながら、キラに会いに来た20代前半の男について考える。 「『キラの彼氏です』とか言われたらどうすっかな…。」 果たして玄関に立っていた男は、20代前半と言うよりもむしろ10代後半に見えた。落ち着いた色合いのスーツが、彼を幾分年長に見せているに違いない。やわらかそうな淡い栗色の髪をしている。瞳の色は、オレンジがかった眼鏡をかけているため判断できなかった。背は高い。 「はじめまして。サイ・アーガイルと申します。キラ・ヤマトさんはご在宅でしょうか?」 「…どうも。おりますが、一体どういうご用件で?」 穏やかな微笑みが胡散臭く感じられて、知らず無愛想な声音になってしまった。 「あ、失礼いたしました。私はヤマト君に仕事を依頼しているアーク社から参りました。」 言いながら、サイは名刺を手渡した。しかし、名刺に書かれている社名はディアッカには全く見覚えのないものだった。 「…キラに仕事って、何の仕事?」 「ご存知ないんですか?」 「はあ。全く。」 サイはひどく驚いているようだった。 「キラはプログラマーですよ。業界じゃ、かなり有名なんですよ。セキュリティーソフトからゲームまで、何でもできるすご腕だって。」 「プログラマー?へえ。そりゃ驚いた。あいつ働いてたのか。」 「12歳でカレッジ卒業してますからね。もう13歳から働いてますよ。」 「何?あいつそんなに頭よかったのか!へぇ〜。」 これで毎日毎日コンピュータに向かっている理由も説明がつく。 「それで、あのもう締め切りなんですが連絡がつかないんです。今はこちらに住んでいると聞いたのですが、お邪魔してもよろしいでしょうか?」 サイが、本来の用件を忘れられては困るとでも言うように、すこし早口で言った。 「ああ、悪い悪い。上がってくれ。案内するよ。」 ディアッカは、サイが靴を脱ぐのも待たずに歩き出した。慌ててお邪魔しますと言って、サイがついてくる。途中客を待たせて、ディアッカは台所へ寄った。先ほどの家政婦に、後で離れにお茶を運ぶように言う。 離れまでは少し距離がある。 「アンタはいくつなんだ?だいぶ若く見えるけど。」 「僕は16です。キラとは同じカレッジに通っていたんです。もっとも、僕が卒業したのは去年なんですけどね。」 「16?おいおい、同い年かよ。それで、卒業してキラと同じ会社に就職したってこと?」 「いや、違います。彼はカレッジを卒業してから2年間ぐらい、僕とは違う会社に所属していたんですが、今はフリーでやっています。彼に仕事を依頼したい会社は山ほどありますから、本来ならわが社のように小さな会社が依頼できる相手ではないんですよ。僕が、友人のよしみで無理言って引き受けてもらったんです。」 「ここに住んでるって、キラに直接聞いたの?」 「はい。彼のお母様が亡くなって、お父様の家に引き取られることになったって。葬式のときに聞いたんです。彼のお母様には僕もお世話になってましたから。」 「ふ〜ん。そのとき、あいつなんか言ってた?」 「いえ?特に何も。引越しの準備とか何もしなくていいから楽だ、とは言ってましたが。こんな立派なお屋敷だなんてちっとも知りませんでしたよ。」 「そっか…。」 「何かあるんですか?」 「いや別に……。ちょっと気になっただけ。ほら、ここだ。」 部屋は、しかし誰もいないように静まりかえっていた。渡り廊下の脇にも金木犀が植えられているので、部屋の前は甘い香りで満ち満ちている。 「あれ?家にいると思ってたんだけど、いないのか?おい!キラ?いるのか?お前に客だぞ〜。」 部屋の仲からの応えはない。 「キラ?おい!いないのか?おい!!入るぞ。」 ディアッカは待つことが嫌いだ。大声で言うと、さっさとふすまを開けてしまった。そして、眼下に広がる様子を見て絶句した。 部屋は閉め切ってあって、暗い。むっとするような臭いが立ち込めていた。洋服があちこちに散らばっている。コンピュータの青白い光に照らされて、キラは、一糸まとわぬ姿でうつぶせのまま眠っていた。畳に敷かれた布団から、コンピュータの机のほうへ体が半分はみ出ている。その体には、情事の後が色濃く残っていた。あちこちに紅い花が散らされている。ぬぐわれていない精液も、ところどころにこべりついていた。 「キラ!!」 サイが急いでキラに駆け寄る。しかし手を触れるのがはばかられて、すぐ脇にしゃがみこんで戸惑う。 「これ、どういうことです?!」 「あ〜えっと、俺にもよくわかんねえ。」 言いながら、これは誰の仕業だろうと考えた。アスランはキラに変に執着していたから、こんなことはしないだろう。アスランではない。これでは、家政婦にキラの素っ裸を見られる可能性がある。ということは、シンだ。きっと何か腹の立つことがあって、めちゃくちゃに抱いたのだろう。 「わからないって、そんな返事っ!!」 サイの大声のせいか、キラがうーと唸った。 「キラ?!」 「ん?あれ?サイ?」 キラはのろのろと体を起こした。うつ伏せで寝ていたせいで、頬にはくっきりと畳の跡がついている。 「キラ!大丈夫か?」 「え、大丈夫って…。」 頭はまだ寝ているらしく、キラはなんだかよくわからないと言う顔をして、おかしな唸り声を上げながら考えているようだった。 「ああ。わかった。うん。ごめん。うっかり寝過ごしちゃいました。できてるよ。大丈夫大丈夫。」 考えた結果、サイの言った"大丈夫"が依頼されたプログラムのことだと判断したのか、キラは一人満足げにうなずいた。 「違うよ!お前の体だよ!これ…一体誰にやられたんだ!!」 「からだ?」 キラは不思議そうに自分の体を見回した。そして、漸く自分が何も身に着けていないことに気付いた。 「あ、ごめん。服着るよ。」 「そういうことじゃなくて!」 キラの、まるで何でもない様な態度にサイは憤る。 「いや、ホントごめん。昨日の夜早くこれ仕上げなきゃと思ってたら、そこにボサッと立ってるお兄さんの弟が来てね。今日中に仕上げなきゃダメなんだって言ってるのに、その返事が気に食わなかったみたいで怒るから仕方なく。自分が満足したらさっさと帰っちゃうし。あの子絶対女の子にもてないよ。で、僕は疲れてるのにコレ仕上げなきゃだから、お風呂に入る時間も服を着る間も惜しんでやり終えて、そのまま寝ちゃったの。」 「シンだろ?悪いな。」 「別に、君がやったわけじゃないんだから君が謝る必要はないよ。」 それは確かにその通りだとディアッカは思ったが、やはりそういう訳にはいかない。 「いや、俺から今度言っておく。」 そう言った途端、キラは吹き出した。 「何を言うの?男兄弟で下半身の話なんてしないでよ。気持ち悪いじゃない。いいよ、そんな事しなくて。言ったって聞かないと思うし。」 「まあ、そうかもしれないけど…」 それ以上なんと言っていいのかわからず、ディアッカは口ごもる。そんな様子を興味がなさそうにキラが見て、一つ大きく息を履いた。 「はい。もうこの話はおしまい。サイはこのCDを会社に届ける。僕はお風呂に入る。ディアッカは…そうだね、悪いと思ってるのなら、僕が出るまでに食事の用意するように家政婦さんに頼んでおいて。この部屋に。したくもない運動させられたせいで、お腹空いてるんだ。じゃあ、よろしく。」 そう言ってキラは、何も身につけないまま風呂場まですたすたと歩いていってしまった。サイは、何か言いたげだったが結局何も言わず、CDを持って帰っていった。 |