足が沈むほどふかふかの絨毯に、天蓋つきのベット。そして、部屋の中央にデンと置かれた、大人でも楽に横になれそうな大きなソファ。
 キラは、俺の手を離して「座って?」とかわいらしく言った。でも俺は、転んで擦り傷だらけの土まみれの体を、この豪華なソファの上に乗せることはできなかった。
 キラとソファをかわるがわるに見ている俺に焦れたのか、「ね、座って。」ともう一度言い、ギュッと俺の肩を押した。急にかかった力に驚いた俺の足はカクンと折れて、どさりとソファに腰を下ろしてしまった。
エプロンのおばさんが救急箱を持ってきて、俺の腕や足に消毒液をかけたり絆創膏を貼ったりした。その間、キラは一言も声を出さずに、俺の向かいに座ってニコニコしている。
「ねえ君、名前なんて言うの?」
 手当てが済んで、おばさんが立ち上がったときキラが聞いてきた。俺は状況になれたのか、そのころには何とか落ち着いていた。
「シン・アスカ」
「ふうん。シンって呼んでいい?」
「うん。いいけど…。」
「じゃあシン、僕のことはキラって呼んでね。シンは歳いくつ?この辺に住んでるの?」
「10歳。家は…」
と言ったところで、まゆと別れてからもうかなりの時間がたっていることに気がついた。
「家はすぐ近くにある。それより、今何時?俺帰らないと…。」
「え!帰っちゃうの?来たばっかりじゃない!それに、まだ7時だよ。」
「7時?!」
病院の面会時間の終わりが6時だから、もう一時間もたってしまっている。早く帰らないと、母さんにどやされる。でも、ずっと気になっていたこの家との接点をなくしたくない。
「キラ様。シン君のお家の方もきっと心配していらっしゃいますわ。傷の手当ては終わりましたから、続きはまた明日でよろしいじゃありませんか。」
「…うん。分かった。シン。明日また来てくれる?」
キラは、しぶしぶといった感じで頷いて言った。                              願ってもない申し出に、俺はもちろん了解した。キラは大理石の玄関で、また明日ねと手を振りながら見送ってくれた。

その後は、ほとんど毎日キラの家へ遊びに行った。キラは気管支が弱いらしくて、新鮮な空気と緑に囲まれて生活するといいという医者の言葉で、長い間使われていなかったこの家に越してきたらしい。
なるほど。どうりでこんなに白くて細いわけだ。俺より二つも上なのにとてもそうは見えない。
両親は仕事が忙しいらしく、どうしてもここで生活することはできなかったから、生まれたときからの世話係であるマーナ――俺の傷の手当てをしてくれたエプロンのおばさんだ――が付き添うことになったらしい。
「でも、僕はマーナが一緒に来ることは反対だったんだ。マーナは確かに小さいときからずっと僕の面倒を見てくれていたけれど、カガリだってずっとマーナと一緒だったんだから。」
そういってキラは、桜貝のような爪をした白い可愛い手でクッションをギュッと抱きしめた。
「カガリって誰?」
「カガリは僕の双子の姉だよ。すっごく綺麗な金髪ですっごく可愛いんだよ!ただ、カガリはちょっと変わってて、『私は男に生まれたかったんだ!』とか言って、男の子みたいなしゃべり方するの。」
「ふ〜ん。キラって双子だったんだ。似てるの?」
「ん〜。僕は似てないと思うんだけど、皆は似てるって言う。」
「キラ様とカガリ様はとてもよく似ていらっしゃいますよ。小さなころは、よくお洋服の交換をなさって遊んでいらっしゃったじゃないですか。キラ様は本当にカガリ様のお洋服がよくお似合いで…。お父様がご心配されていましたよ。『キラは男の子なのにあんなにカガリの洋服を着て違和感がないのは、あまりよくなんじゃないか?男女の双子というものは、どちらかの性に引きずられやすいと言うからな。それとも、大人になるにつれてもっと差がついていくものなのか?マーナ』なんておっしゃって。」
マーナがお茶とお菓子とお盆に載せて入ってきた。俺は、キラと同じ顔をした金髪尾女の子を思い描いてみたが、ちっとも想像できなかった。そのかわり、女の子の服を着たキラはすんなりと思い浮かんだので、思わず吹き出してしまった。
「あ!ちょっとシン!何笑ってるの?マーナも余計なこと言わないでよ。もう。」
「違うよ。おかしいから笑ったんじゃなくて、キラ女の子の格好すごくよく似合いそうだからさ。」
「ちっとも似合ってなんかなかったよ!僕は男なんだからね!いやだって言うのにカガリが無理やり着せるんだよ。1時間だか2時間だか早く生まれただけなのに、すっごく力が強いんだよ。すぐに怒るし。あ、でもすぐに怒るところはシンと似てる。」
そう言って、今度はキラが声を上げて笑った。
「俺は別にすぐ怒ったりしないよ!」
腹が立って声をあらげても
「ほら。もう怒ってる。」
とまたキラが笑う。
 作り物めいた顔をしているくせに、キラはすごくよく笑うし人懐っこい。
キラのことを他の誰かに知られるのが嫌で、初めの一週間は誰にも言わずにこっそりとこの家に通っていた。しかし、こっそりと思っていたのは俺だけで、俺の行動は近所のおばさんたちに筒抜けだった。