翌日、いつものように学校へ行ってマユの見舞いに行って、それからキラの家に言った。病院からキラの家へ行く短い道すがら、また母さんの言葉を思い出してしまって俺の足取りは重かった。
インターホンを押しても、応答がない。2.3度押してみてもやっぱり誰も出てこないので、庭のほうへ回ってみた。昨日、キラはまた明日ねと言っていたから家にいるはずなんだけど…。
キラの部屋はガラス張りになっているといっても、昼間なので当然ながら中は見えなかった。それでも、中からなんだか笑い声が聞こえる。お客さんでも来てるのかな?そう思って窓ガラスをノックしようとした。
「シン。いらっしゃい。」
「わっ!」
ノックしようとした窓ガラスが勢いよくガラリと開き、俺は驚いて2.3歩後退った。
「あ、ごめんね。窓から、シンがくるのが見えたから。」
「いや、ちょっとびっく…」
…びっくりしただけ。と答えようとした俺を、甲高い声がいきなりさえぎった。
「まあ!シン!あなたはよそのお家にお邪魔するのにどうしてちゃんと玄関を使わないの?!勝手にお庭に入ったりしちゃ失礼でしょう!」
「母さん?!」
ガラスとを開けたキラの背後に、ソファ赤ら立ち上がった姿勢で、母さんが目を三角にしている。
 どうして母さんがここにいるんだ?!
「まあまあ奥様。そんなに怒らないでくださいまし。私までもがこちらにお邪魔させていただいていたので、きっとインターホンがなったのに気付かなかったんだと思いますわ。シン君。ごめんなさいね。」
母さんの隣に座っているマーナが、そう言って宥めると渋々といった様子で腰を下ろした。
「ごめんね、シン。とにかくあがってよ。」
 俺は、靴を脱ぎキラの後に続いて部屋に入り、キラの隣―母さんの向かいに座った。
「どうして母さんがここにいるんだよ。」
「あなたが毎日毎日遅くまでお邪魔してるから、ご挨拶に来たんじゃないの。」
「何で俺に内緒で勝手に来てるんだよ。」
「勝手にって…シン!お母さんは今朝ちゃんとあなたに言いました。あなたが勝手にぷりぷり怒って、最後まで聞かずに学校に行っちゃったんじゃないの。」
そうだっけ?と、記憶を探ってみたが何も出てこなかった。今朝はとにかく腹を立てていたので、記憶が飛んでしまっている。
「朝のことなんて、もう忘れた。そんなこといちいち覚えてられるかよ。」
「ええ、ええ。そう言うだろうと思ってたわ。シンの脳みそは今朝のことでも夕方には忘れちゃうのよね。かわいそうに。」
ハンカチで涙をぬぐうような素振りをしながら言う、母さんのあまりにもひどい言葉に、俺は返事が出来なかった。キラはくすくすと笑っている。
恥ずかしさで顔が赤くなるが分かる。
「うるさいな!俺の脳みそのことなんて、母さんには関係ないだろ!」
「まあ!まったくそんなことがよく言えるわね。お母さん、今日あなたの担任のアデス先生にお会いしたのよ。そのとき先生なんておっしゃったと思う?『シン君は、お友達がたくさんいてクラスでも人気がありますけど、ちょっと授業をまじめに聞かないところがありますね。今のうちから、授業をしっかり聞く姿勢を見につけておくと、後々役に立ちますよ。』ですって!顔から火が出るかと思ったわよ!」
今度は顔が一気に熱が引いた。以前からあまり真剣に授業など聞いていなかったが、最近はキラのことばかり考えてしまって、まったく聞いてないといってもいい状態になっているのだ。
「アデスのやつ、何母親に告げ口なんかしてンだよ。」
「シン!あんた、自分の成績分かって言ってるの?ホントに口ばっかり達者になって!」
「あ、あのおばさん…もうその辺で…。シンにさっきの話をするんじゃなかったんですか?」
完全に説教モードに入っていた母さんを見かねたのか、キラが助け舟を出してくれた。でも、さっきの話ってなんだろう。
「あら、いやだ。そうだったわね。シン、よく聞きなさい。キラ君はなんとザフト学院の中等部に通ってるんですって。ザフト学院よ!すごいわ〜。それも、エスカレーターで小等部から上がってきたんじゃないのよ。中学受験をして入ったんですって。あそこの外部入学は難しいって評判なのよ?!」
母さんはまるで自分のことのように威張って言った。
「だから何なんだよ。キラの頭がいいことと俺の成績が悪いこととなんか関係あるわけ?」
キラがザフト学院に通っていたことには驚いたが――キラはぽやんとしているから、そんなに頭がいいようには見えない――それは、俺には関係のないことだ。
「大有りよ!聞けばキラ君はザフト学院を一年間休学して、このド田舎で療養するらしいじゃない。そこで!キラ君に勉強見てもらいなさい!せっかく毎日来てるんだから。ね?キラ君も快く了承してくれたわ。」
「シン。数学とか理科とかがすごく苦手なんでしょ?僕国語とかはちょっとよくわかんないんだけど、数学とか得意だったから。一緒にがんばろうね。」
母さんの強引さと、キラの天使の微笑とに負けて、俺は翌日から毎日キラに勉強を見てもらうことになった。