*ディアキラ*



ディアッカは、お茶を運んできた家政婦にキラの食事を頼むと、部屋を片付け始めた。洋服をまとめて洗濯場に持っていき、布団をあげようとしたとき、布団の下から見覚えのあるオレンジ色の布がはみ出ていることに気付いて、思わずため息をついた。それは、シンの誕生日に面白半分で自分がプレゼントしてやったビキニパンツだ。まさか本当に履いているとは思わなかった。
「…あいつアホだからブリーフと区別ついてないのかも。」
それにしても、とディアッカは思う。ここにシンのパンツがあるということは、昨夜シンはパンツも履かずにこの部屋を出たのだ。
「急ぎすぎて忘れたのか?」
「僕が隠したんだよ。」
突然背後で声がしたので、ディアッカは驚いてパンツを取り落とした。
「忙しいから止めてって言ってるのに結局ダメだったから、腹が立って隠したの。終わってから寝た振りして見てたけど、面白かった。すっごく必死に探してるんだもん。パンツをだよ。パンツ。まぁ、ちょっとしたら諦めて帰ったけどね。パンツ履かずに。」
そう言ってキラは笑った。
「『パンツ履かずに』って言ってるけど、お前こそ素っ裸じゃねぇか。パンツぐらい履けよ。」
目の前に裸の男が立っているのは、あまり気分のいいものではない。白くほっそりとした体のあちこちに付けられた所有印も、殊更に昨夜の情事を強調しているようで、ディアッカは目のやり場に困った。
「今から服を着るんだよ。」
キラは煩わしそうに視線を逸らすと、あからさまに大きく嘆息した。
「何だよ。そのため息は?」
「ディアッカってなんだか小姑みたいだね。知らなかったよ。もっと軽い、いい加減な人間だと思ってた。」
「小姑って、お前…。お前こそ女みてぇな顔してなんだぁ?そのひねくれた性格は。」
「こんな境遇でひねくれるなってほうが無理だ。それよりご飯は?」
「さっき頼んだから、もうすぐ持ってきてくれるだろ。」
キラは自分から聞いたくせに、ふうん、と生返事をしてパンツを履きTシャツを着て、短パンを履いた。
「お前、トランクスなのか。」
キラの着衣の様子を、観察でもするかのように見ていたディアッカは、そう不思議そうに言った。
「はぁ?」
キラは怪訝そうに眉を寄せる。
「だってお前、トランクス履いた相手に欲情するとは思えねぇからさ、女もんのレースのついたパンツでも履いてんのかと思ってたぜ。」
「何ソレ?ディアッカって変態みたいだね。血は争えないね。」
「…なんでそこで血が出てくんだよ。関係ねぇだろ。」
「大ありだよ。この間アスランがプレゼント買ってきたって言って袋くれたから、何かと思って開けたらヒモパンツだったんだ。発想がそっくり。」
「あいつはそんなに変態だったのか…。知らなかったぜ。」
ディアッカが弟の新たな一面にショックを受けていたら、お食事をお持ちしましたと妙にかしこまった口調の声が聞こえた。
キラは家政婦から膳を受け取り、頂きますといって食べ始めた。ディアッカはその様子をじっと見ていた。
「――お前さあ、食事の仕方きれいだなあ。」
「そう?」
キラは背筋をまっすぐ伸ばして正座をしている。黒い箸を持っているせいか、手の白さが強調されているような気がする。黒い箸で、左手に持った茶碗の上の真っ白なごはんを口に運ぶ。桜色の唇はほんの少し開かれ、小さな白い歯がのぞく。口腔の内部に隠れている舌の姿を見せることもなく唇は閉じられ、何度かの咀嚼の後、細い首にちょこんと出ている喉仏が、嚥下に合わせてこくんと動く。
それはただ食事をしているだけの光景のはずなのに、ディアッカはなんだか隠微な映像でも見せられているような気がした。キラは、昨夜あの小さな唇でシンを、銜えこんだのだろうか。
「…なあ。」
「何?」
「その、アスランとかシンとかってよく来るのか?」
キラは思い切りいやそうな顔をした。確かに、食事中にするような話ではない。
「…アスランはよく来る。最低でも週に3回は来るよ。シン君はあんまり。嫌なことがあった日とかに、鬱憤晴らしにくるみたい。」
「…今日は誰か来るのか?」
「……何で」
「何でって、別に…何となく。」
「ふうん。何となく、ね。」
キラのディアッカを見るすみれ色の瞳は細められ、軽蔑するような、それでいてどこか楽しそうな、妖艶な光が瞬いた。
「今日は誰も来ないよ。シン君は昨日来たばかりだし、アスランは、君も知ってると思うけど、カレッジに泊り込みだからね。」
「そうか。」
「うん。そう。」
その後、どちらも言葉を発さず、食器の音だけがやけに大きく響いた。
キラは食事を終えると、もう一度寝ると言った。ディアッカは、キラの食べ終えた膳を持って離れを出た。
自分は何故、あんなことを聞いてしまったのだろうか。今夜キラの部屋に誰も来ないから何だと言うのだ。自分には関係のない話ではないか。
ディアッカは膳を家政婦に預けると、自室へ引っ込んだ。彼の部屋にはベッドが置いてある。顔に似合わずディアッカは綺麗好きであったが、布団の上げ下げだけは面倒だったので、ベッドを買ったのだ。畳にベッドと言うのもおかしな気がしたが、見慣れてしまえばなんでもない。そのベッドにドサリと寝転んで、読みかけの本を読み出した。しかし、目は文字をなぞるだけでちっとも内容が頭に入ってこない。頭に浮かぶのは、先ほど見たキラの裸だとか、トランクスから伸びたしなやかな足だとか、桜色の唇だとかばかりだ。昨夜、シンは一体どんな風にキラを抱いたのだろうか?あの所有印は誰がつけたのだろう。シンか?それともアスランだろうか?確かにあの静脈が透けて見える薄い肌には、簡単に跡が付きそうだった。そのとき、キラは声を上げるのだろうか。それとも、一瞬見せたあの隠微な表情で微笑むのだろうか。
考えれば考えるほど、下半身に血液が集まるのがわかる。自分にそっちの趣味はないと思っていたのに、何故だ。体だけ自分の知らない間に宗旨替えをしたのだろうか。
そんなことを考えている間に、窓から夕日が差し込んでディアッカの顔を照らした。秋のつるべ落とし、と言う。あと少しもしないうちに世界は闇に包まれるだろう。闇にふさわしい行いが、ディアッカの頭でぐるぐる回っている。
シンに小言を言うつもりだった自分が、何をしようとしているのだ。まるで正反対だ。そう自分を戒めてみるがしかし、頭の中ではいつの間にかキラの悩ましげな姿を想像している。あの小さな唇が、眉根を寄せて自身を口に含む姿がありありと浮かんでいる。
「……これは、行くしかねぇな。」
ディアッカは、一度決めたら早い。そもそも彼は、うじうじと悩むのは嫌いなのだ。
フーと一つ鼻から大きく息を吐いた。キラの部屋から出て、まだ一時間ほどしか経っていない。キラはまだ寝ているだろう。しかし、起きるのを待っていたらこの決意が揺らぎそうだ。こういうことには、多少の勢いは必要である。
「よし!」
膝を一つたたいてディアッカは立ち上がった。何となく、シンの気持ちがわかるような気がした。シンはきっとキラに惹かれているのだろう。もっと仲良くしたいと思っているに違いない。でもダメなのだ。意地っ張りな彼は、勢いをつけなければキラの元へ行くことすらできないのだ。ディアッカは少しシンに同情した。
「でも、今日は譲ってもらうぜ。」
襖を開けると、案の定薄暗くなっていた。秋の黄昏時。愛人を囲う道楽親父のような気分だ。いや、それとも初デートに向かうチェリーボーイの心境か?柄にもなく緊張している自分がおかしい。
ディアッカは、金木犀の香りに包まれて未知の快楽へと想いを馳せた。心が躍る。






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