■メランコリイ■

その後、ティアラが大きくなるのにそう時間はかからなかった。相変わらず俺とキラは、毎日を2人きりで過ごした。キラは、以前のようにぬいぐるみや絵本で遊ぶことはなくなった。そのかわり、いつも俺と体の何処かを触れ合わせていないと落ち着かないようだった。2人でソファに座って取り留めのない話をしたり、朝になってもベッドから出ずに2人でだらだらと過ごしたりした。寝転がったりして、ティアラは大丈夫なのかと思ったが、繊細そうに見える割に丈夫で潰されてもすぐに元の形に戻った。
「そのティアラ、キラみたいだね。」
ある日、例によって日が高くなってもベッドでごろごろしているとき、キラにそう言った。
「え?何で?どこが?」
キラは、俺の胸に抱きついたまま顔だけを上げた。
「一見繊細そうなのに、すっごく丈夫だから。キラ、もうずっとミルク飲んでないのにすごく元気だし。」
「え〜何それ。素直に綺麗で可愛いところが似てるって言いなよ。プランツドールの一番の栄養は持ち主の愛情なんだよ。僕はアスランの愛でお腹いっぱいなんだよ。」
そう言って俺を強く抱きしめた。
「お前はぁ、ずっと俺と一緒に過ごしてるのにどこでそんな言葉覚えてくるんだよ、全く。」
「アスランとずっと一緒にいるってことは、アスランが僕に教えてるんだよ。僕にこういう風に言って欲しいと思ってるんだよ。無意識に。」
そういって、生意気なドールは頭をぐりぐりと押し付けてきた。仕返しに、背中に回していた手をわき腹に移動させる。俺の手の動きに気付いたキラは、体をよじって逃げようとした。
「アッアスラン!!あは…はははっ…や、やめ!あはははっ…」
キラはわき腹が弱い。思い切りくすぐってやると、菫色の瞳に涙をにじませて笑い転げた。俺の上でめちゃくちゃに暴れたせいで、俺の胸の上にあったキラの顔は、丁度俺の顔と同じ位置まで来ていた。
 キラの紫と俺の緑が交わる。キラは、涙をにじませたせいで目尻がうっすら染まっている。薄い肌からは、静脈が透けて見えた。
 こういうとき、俺はいつも自分の感情の葛藤に苛まれる。俺の欲望のためにキラを枯らしてしまうことに対する罪悪感と、どうしてもキラが花開くときが見たいという背徳感を伴った悦楽。いつも、その二つの感情の堂々巡りだ。そして、キラはいつもそういう俺を敏感に察する。俺は、キラに直接ティアラのもたらす結果について話したことはない。キラから俺に聞いてきたこともない。それでも、俺たちはお互いに覚悟があることを知っていたし、それをお互いが心の奥底で強く強く願っていることも。
 だから、キラはこういうとき決まって微笑むのだ。クルーゼに見せられた映像のドールさながらの夢見るような、どこかうつろな瞳をして。
「キラ……」
俺は、たまらなくなって思わずキラに口付けた。唇と唇を触れ合わせるだけの幼いキスだったけれども、俺たちは幸せだった。
 そのままきつく抱き合ったまま眠ってしまい、結局その日は一日ベッドで過ごしてしまった。
 目が覚めて、驚いた。キラのティアラが、もうすでにティアラとは呼べない大きさになっていた。蕾がパンパンに膨らみ、つるも延びてキラの手足にまとわりついていた。蕾は、望んだとおりの濃い青色をしていた。
 こういう状態になったらクルーゼに連絡することになっていた。本当は自分ひとりでキラの最高の瞬間を見たかったけれど、そういうわけにも行かない。コールをすると、メイドに案内させるからキラを連れて来いと言った。しばらく待っているとメイドが来て、俺とキラの先に立って歩いた。俺たちは手をつないでいたが、キラは頭が重いらしくふらふらと覚束ない足取りで歩いた。
 案内された先は、初めに青い花冠の話をされたところだった。あの話を聞いてからまだ半年も経っていないのに、もう何十年も前のような気がする。
 クルーゼは撮影のための機材を準備して待っていた。ラクスは、隅にある椅子にうつむいて座っている。
 キラは部屋の真ん中に立った。自分が今花開くのだということが、ちゃんと分かっているようだった。機材もクルーゼもラクスも、目に入っていないようだった。ただ俺のことだけを、あの夢見るような瞳で見つめている。
「アスラン……。」
キラが口を開くと、蕾はゆっくりと綻びはじめた。
「キラ……。」
「アスラン。お別れだね。」
 キラは、うっすらと微笑んだ。その微笑には、悲しさも切なさも愛しさも、悦楽でさえ含まれていた。これ以上に美しいキラの顔を、俺は見たことがなかった。
「キラ!キラ…ごめん。俺がいなければ、もっと長く生きることができたのに。」
 俺は、キラの顔をもっとよく見たくてしゃがみこんだ。キラの前に跪くような形になった俺は、顔を上げて、両手でキラの頬を包んだ。
「またアスランはそんなこと言って。そんなこと思ってないでしょ?ちゃんと僕に言ってよ。最後なんだから。僕が何を言って欲しいか、分かるでしょう?」
キラは、そんな俺の手を握りながら言った。
「キラ……キラ!俺は、俺はキラの一番綺麗な瞬間をどうしても見たかった。俺だけのために最高に綺麗になるキラが見たかったんだ…。今のキラはすごく綺麗だ。今までで一番綺麗。大好きだよ。キラ。世界で一番キラのことを愛してる。」
「……よく言えました。アスラン。僕も今一番幸せだよ。アスランに会えてよかった。僕も、世界で一番アスランのことが大好きだよ。君だけを、アスランだけを愛してるよ。」
 キラが言った瞬間、開いた花は青白い光を放った。

 その光の強さに、俺は目が開けられなかった。ただ、唇に羽のように軽いキラの唇を感じた。

 光が収まったとき、キラはいなかった。俺の目の前に、まっさらな空のように鮮やかな青い花びらがひらひらと舞っていた。
 

  

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